ウナイ・エメリ『アーセナルで私は孤独だった』ショボ━(´・ω・`)━ン

ウナイ・エメリ『アーセナルで私は孤独だった』ショボ━(´・ω・`)━ン

さて、今日のアーセナルトピックをみなさまと共有したく存じます。

アーセナルをクビになってから、あまり良い評判を聞かない、ウナイ・エメリ。

彼のインタビューがかなり評判なようなので、読んでみることにした。

あのシッド・ローによる、凄まじいインタビュー記事。

ウナイ・エメリが、アーセナルでのキャリアを語る。

これはめちゃくちゃオススメ!

 

そんなこと言われたら、気になって読まずにはいられない。

 

ウナイ・エメリ、アーセナルキャリアのすべて

ウナイ・エメリ『アーセナルは私を護ってくれず、孤独だった』

Unai Emery: ‘Arsenal couldn’t protect me. Truth is, I felt alone’ by Sid Lowe

Photograph: Matthew Ashton – AMA/Getty Images
18/19 ELファイナルで散った、エメリ・アーセナル

ファイナルの舞台バクーからの飛行機は、トロフィーを乗せることなく夜通し飛んで、午前8時に着陸した。

ウナイ・エメリは、その足でコックフォスターズ(ロンドン北部の自宅)に帰った。

3時間ほど寝てから、ロンドンコルニーに戻り、正午には選手たちもコルニーへと戻ってきた。

こうして、アーセナルでの彼の最初のシーズンが終わった。

エメリは、このシーズンを「とてもよくやった(very good)」と評している。

しかし、中身はボロボロだった。

PLでは、34節クリスタルパレス、35節ウルブズ、36節レスターと7日間で3敗を喫した。

さらに続く、38節のブライトン戦をドローで終えたことで、チャンピオンズリーグ出場の夢は潰えたのである。

壊れたエメリ・アーセナル

メスト・エジルを除いた、すべての選手がロンドンコルニーに戻ってきた。

エメリ・アーセナルは、£130mをかけて、8名の選手を獲得、10名の選手を退団させ、再起を図った。

しかし、エメリはミスがあったことを認めている。リクルートから4人のキャプテンの退団についても。

そして、そこから半年と経たない間に、エメリは解雇されることとなるのだ。

何かが崩れ、状況は悪化、修復不可能と判断され、彼は解雇された。

彼はアーセナルの歴史の中でも最高のスタートを切ると同時に、30年の歴史の中でも最悪の成績を収めて散ったのである。

2019年11月29日、エメリの解雇が正式に発表された。(【在任18ヶ月】ウナイ・エメリ、アーセナル解雇

出典:arsenal.com/

バレンシアでロックダウンの日々を過ごすエメリは、今も以前とは変わっていない。

ロルカ(ロルカ・デポルティーバCF)で培った自分の原点を思い出し、再び仕事をしたいと話しているときの彼は、秋にはなかった以前の情熱が垣間見える。

しかし、一体なにがいけなかったのだろうか。

歓迎ムードからの転落

バクーのときから表面上の問題は見受けられたが、エメリはELを制してチャンピオンズリーグに出場していたら、物事はもっと違ったものになっていたと考えている。

2018年10月、ファンは歌った。『俺たちはアーセナルを取り戻した』(“We’ve got our Arsenal back.”)

ところが、翌年2019年11月には、和やかなムードは一変した。

『エメリ、辞めてくれ!』 (“We want Emery out!”)、『朝にはクビだ』(“You’re getting sacked in the morning.”)といった具合だ。

エメリは次のように語った。

最初のシーズンはうまくいった。

これが私のチームだ、と思った。周りからは「ウナイの個性が出ている」なんて評されていた。

スピリットがあり、強度とエナジーに満ちた試合がいくつもあった。(トットナム、マンチェスターユナイテッド、チェルシー戦など)

さらに、ナポリやバレンシアを相手に非常に良いプレイをして、アーセナルにとって13年ぶりとなるヨーロッパのファイナルへと導いた。

プレミアリーグでは、3位に手が届く位置にもいた。

クリスタルパレスとブライトンに敗れ、4ポイントを取りこぼしてしまったが。

Photograph: Alex Grimm/Getty Images

エメリは、これらの結果に『納得いかない』としながらも、理解に努めている様子であった。

エメリ、18/19シーズンを振り返る

シーズンの最初は順調な滑り出しだった。

ドレッシングルームにグッドスピリットが満ちていた。

しかし、アーロン・ラムジーが自身のコンディションが最高の時に負傷してしまったため、多大な影響をチームに及ぼすことになってしまった。

彼がいない状態で、4月の重要な試合をこなすことになり、すべての選手が100%の力を発揮(implicación)しなければならなくなった。

[Implicación]、1時間のインタビューの中で頻繁に繰り返される単語があるとすれば、それはこれである。

英語ではcommitment(コミットメント)という意味であり、ウナイからcommitmentという言葉は出てこなかった。

つまりはそれが欠けていたということになるのかもしれない。

エメリ、コーチとして責任は取る

バクーでの試合は、チェルシーの方が良かった。後半は、エデン・アザールが違いを作っていた。

こちらも準備は整っていたし、全員がコミットしていた。

しかし、日によって ‘yes’ だったり ‘no’ だったりするメンタリティの選手がいた。

フットボールでは毎日が ‘yes’, ‘yes’, ‘yes’ でなければならないのにだ。

私たちは、シーズンの最終週の多くの試合をこなすうちに、精細を欠いてしまった。

出典:arsenal.com/

アプリケーションとコミットメントが100%を下回ると、負ける可能性が出るものだ。そしてそれが起きてしまった。

クラブの人間は初年度の成績について満足していたが、何かが欠けていた。

私はクラブに要望を伝えた。だが、物事はうまくは進まなかった。

ミスはあったし、コーチとして自分の責任は自分で取る。ただ私の場合、4人のキャプテンが皆クラブを去った影響もあった。

ラムジーは退団を既に決めていた。彼を残したほうがチームにとっても、私にとっても良かったことだろう。

ペトル・チェフは引退したが、私としてはせめて、ローラン・コシエルニーとナチョ・モンレアルには残って欲しかった。

そういったリーダーたちが皆出ていって、ドレッシングルームは別モノになってしまった。

ペペよりもザハを欲していた

ニコラ・ペペとサインした。

彼は良い選手だが、私たちは彼のキャラクターを知らなかったし、彼には適応するための時間と忍耐が必要だった。

私はリーグを知っていて、適応の時間が必要のない選手を希望した。

そこでザハだ。

ウィルフレッド・ザハは、自分の力で試合に勝たせていた。

トットナム、マンチェスターシティ、そして私たち相手にね。

ビッグクラブ相手でも、信じられないようなパフォーマンスを見せていた。

クラブには「彼が最適だ、彼が欲しい」と伝えていた。

実際にザハに会って話もしたさ。

彼はアーセナルに来たがっていた。

しかしクラブは、将来に期待してペペを選んだ。

私は「わかった。でも今は勝ち星を挙げる必要があって、彼が居れば試合に勝てるんだ」と返した。

彼が高額だったのは事実だし、パレスが売却に後ろ向きだったのも事実だが、そういった一連の判断が後々に影響を及ぼした。

そしてザハは己の力で、アーセナルをコテンパンに打ち負かしたのであった。

エメリは[autocrítica]、つまりは自己批判的目線で語っていると言う。

確かに立場上、強く出れなかったのかもしれないが、それでも彼が介入することは本当にできなかったのだろうか?

ラムジーに残留の説得をしたり、契約更新のためにもっと強くプッシュすることは?

モンレアルやコシエルニーの場合は?

そして、なぜキャプテンシーの問題がこれほどまでに引き延ばされ、泥沼化したのか?

混沌とした中で、なぜグラニト・ジャカを選んだのか?

さらにはどうして、その決断がサポーターとの対立を招くほどの不評となったのか?

アーロン・ラムジーの退団

当初彼は、残留を望んでいた。

彼とは新契約についての交渉の場を設ける必要があったが、結果として合意には至らなかった。

クラブがラムジーの希望額に疑念を抱いたからだ。

ラムジーは、クラブから自身の働きが評価されていること実感したかった。

しかしこれは、クラブの財務的な問題であって私が関与するものではない。

またこれらのことは、私がクラブに来たばかりのことであって、まだ彼のことをよく知らなかった。

彼は重要な存在だが、クラブが彼にいくら払うべきかどうかなど、私は口出しすることはできない。

キャプテン・ジャカ

【キャプテンはジャカに決定】PL7節 マンチェスターユナイテッド v アーセナル

私は、ジャカがキャプテンになれると信じていた。

そして、選手たちも彼に投票してくれた。ドレッシングルームでも彼は尊敬されていたんだ。

投票制にした理由は、50%が自分、50%が選手たちといった考えからだ。

キャプテンの素質があっても、時間と後ろ盾は必要になる。

一定の人からの支持やファンのサポートがなければ、キャプテンを務めるのは難しくなる。

ジャカにコシエルニやナチョ、あるいはラムジーがいれば、もっと楽に事が進んだのかもしれない。

感情面のこともあり、ジャカを据えてもチームが以前のようなコミットメントと一体感を取り戻すまでには至らなかった。(【クラブの危機】ジャカの問題行動のまとめ

メスト・エジルとの衝突
出典:arsenal.com/

アーセナルのメスト・エジル、沈黙を破る!

『エジルとはたくさん話をした』とエメリ。そこから長い沈黙に入る。

彼も私と同様、自己批判的立場で物事を見る必要があり、自分の態度やコミットメントを分析しなければならなかった。

私は、全力でエジルを助けようとした。

私の今までのキャリアでも、才能のある選手たちは私と共にベストを叩き出してきた。

私は常に彼との関係性をポジティブに見ていたし、彼にプレイほしいと思っていた。

プレシーズンでは、ベストのエジルを取り戻す手助けをしたいと本人にも伝えた。

私は彼をリスペクトしていたし、彼ならばベストな状態でプレイできると思っていた。

彼はキャプテンになることもできたが、ドレッシングルームの意見はそうではなかったようだ。

キャプテン任命の件は、私が決めたことではなく、選手たちが決めたことだ。

そして、キャプテンというのは、クラブ、コーチ、チームメイトを守り続ける役目を負う必要がある。

エジルは、ホームとアウェイでのパフォーマンスの差が大きかった。

出場した試合を見ても、バラツキが見られるのは事実だ。

しかしエメリはなぜ彼を信頼せず、もっと起用しなかったのだろうか?

なぜ彼のパフォーマンスは、良くなかったのだろう?

ほかの選手同様、良い時もあれば、悪い時もある。

病気や膝の負傷が理由で、起用できないこともあった。

ワトフォード戦は襲撃事件のあとの最初の試合だったが、私は彼を入れた。(エジルとコラシナツが襲撃された件の続報

いつだって私のプランには入っていたが、彼は自分の役割を果たす必要があった。

私には、どうしようもないことだってある。

アーセナルを解任
出典:arsenal.com/

コーチというのは第一線に立って、責任を負わなければならないものだ。

私は選手を守り、クラブはマネジャーを守る。

私はクラブの人間だ。それが彼らと交わした契約だった。

アーセン・ヴェンゲルの時とは、物事の進み方は違っていた。

彼はすべてをひとりでこなしたからだ。

今はラウル・サンレヒとエドゥがいて、私は彼らの仕事を信頼しなければならない。

私の仕事はフットボールだ。

クラブには現場以外の他の仕事に就いている者もいるが、それがピッチ上に影響を与えることだってある。

その中には、私たちを傷つけるものも存在している。

ウナイ・エメリ自身がもっともターゲットにされていた。

結果次第でいとも簡単に、彼は叩かれた。

それは、コメディの面でさえも。

言葉の問題で、ファンとの関係を築き上げることが難しくなっていった。

彼の話す英語は彼を叩く棒となり、それは解雇の理由にも繋がった。

エメリの英語、言葉の壁

私はまともなレベルの英語力を持っていたが、改善する必要はあったとは思う。

結果が出ていないと、対応も違ってくる。

説明をするのにも、十分な語彙力がなかったことは否めない。

私の言う‘good ebening’、つまり ‘good evening’は勝てば愉快だが、負ければただの恥となった。

実際、エメリ・アーセナルの結果は悪く、酷いものだった。

そして、いとも簡単に崩れた。

エメリは選手を変え、フォーメーションやアイデアをいじくり倒した。

しかし、軌道修正することも、コントロールを取り戻すこともできなかった。

彼はバラバラになっていくチームを目の当たりにしたのだ。

出典:skysports.com/
崩れ行くアーセナル

難しかった。

エナジーがみるみるうちになくなり、コントロールも効かずに漂流していた。

どう手を施しても、誰が介入しても変わらなかった。

何人かはサポートに入ってもらったが、雰囲気を感じ取り、関係が変わっていくのを感じた。それがピッチにも伝播していった。

パレスとウルブズに食われたのは、まさしく私たちの感情の乱れを反映していた。

私は選手たちに、「これは、私の望むチームではない」と言ったんだ。

だが、もはやそこにコミットメントと結束力は存在していなかった。

その時、自分がたった一人で、もがいていることを悟った。

クラブは私を一人にし、そして万策尽きた。

出典:dazn.com/
孤独のウナイ・エメリ

ホルヘ・バルダーノ(Jorge Valdano)はかつて、コーチには強いタイプと弱いタイプの2種類があると言った。

そして、選手たちが自分たちのコーチが後者だと気付いたら、もうおしまいだと。

なるほど、その通りだ。

どのクラブでも、私は守られてきた。ロルカ、アルメリア、バレンシア、PSGどのクラブでもだ。

セビージャには、モンチ(Monchi)がいた。

PSGには、ナーセル・アル・ヘライフィー(Nasser al-Khelaifi )がドレッシングルームや公の場で私を守ってくれた。

アーセナルでは、それがなかった。

おそらく、ヴェンゲルの影響だろう。彼はなんでもひとりでやっていたんだ。

クラブは「私たちは、あなたと一緒にいる」と言ったが、ファンの前やドレッシングルームで私を守ることはできなかった。

実際、私は孤独だった。

そして結果的に、私はクラブを去ることになった。

ヤングガンの成長は、やりがいだった

それでも、アーセナルでの生活は幸せだったし、良いことあった。

最初の年は調子が良かったこともあって、若い選手にチャンスを与えた。

ブカヨ・サカには最初、8分間のプレイで、一度もボールに触れられなかったが、18歳にして偉大なファーストステップを踏ませることができた。

ベルント・レノも伸びたし、ジョー・ウィロック、リース・ネルソン、エディ・エンケティア、ガブリエル・マルティネリ、マテオ・ゲンドゥージといった若手もよくやってくれた。

ルーカス・トレイラもそうだ。

彼らの成長を見ていると、やりがいを感じることができた。

シニアプレイヤーも例外ではない。

ピエール・エメリク・オーバメヤンは31Gでトップスコアラーに輝き、アレクサンドル・ラカゼットは19G/13Aと結果を残した。

今のアーセナルを見て想うこと

後悔を挙げるなら、トットナム戦でオバメヤンがPKを外したこと。

あれはチャンピオンズリーグのための貴重な2ポイントだった。

それかブライトンとパレスに勝てなかったこと。

私たちはミッションを完遂できず、ミスも犯してしまったんだ。

そして私個人も同じことだ。結果を出せなかった。

それでもエミレーツを楽しんだし、私は今でもアーセナルをフォローしている。

ミケル・アルテタをマネジャーにしたのは正しい選択だ…クリスマスの時期に彼と話をしたよ。

彼もアーセナルも、ベストを尽くしてほしいね。

今後のエメリのキャリアプラン

エメリは、次のチャンスのために意欲的に取り組んでいる。

マネジャーへの意欲とエナジーは失せていない。

今はフットボールを見て、学びを得ている。

イングランドで良いプロジェクトがあって、誰かが私を必要としてくれて、私を支えてくれるならば、すぐにでも取り掛かれるさ。

イングランドは、チームとのアイデンティティが試合を生き生きとしたものに変えていると思う。

それはもう、教会のように奥が深いんだ。

サン・セバスティアンで生まれということもあって、私のマイチームはレアル・ソシエダ。

素晴らしいクラブであり、最も愛すべきものがそこにはある。

評判のインタビュー記事?

これは非常に目を見張るものがあるので、まだ読んでいない人は読んでみてほしい。

自己批判をしていると言う割には、自己批判をしているという根拠があまり見当たらないけどね。

 

エジルのせい、ペペのせい、ラウルのせい、4人の元キャプテンのせい、怪我をしたラムジーのせい、そしてファンのせいだと。

エメリの見事なまでの責任転嫁がここに詰まっている

 

読んだ感想を綴る

エメリのアーセナルは、本当に辛かった。

つまらないし、人間関係もドロドロで、おまけにエメリの悲壮感もハンパではなかったから。

 

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出典:arsenal.com/

 

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エメリ解雇となって、「ゆっくり休んでくれ」なんて思っていたら、すっかりアーセナルに対して毒を吐く人になってしまって残念に思う。

なんというか、こんなにも敵を作る発言をして大丈夫なのだろうか。

エメリはまだ現場に立つ人間

マネジャーを引退後、自伝に記すならまだ良しとしても、エメリはまだ現役で指揮を執るつもりらしい。

そうであるならば、人脈やコネクションの都合上、あまり角が立つ発言は控えたほうが身のためだろう。

 

エメリとしては、「アーセナルのせいでキャリアに傷がついた!私は悪くないんだ。」というアピールのつもりかもしれないが。

文句垂れの印象しか残らない。

 

かまってちゃんウナイ・エメリの孤独アピール

個人的に気になったのは、2点。

  • エメリの孤独アピール
  • エメリの若手育成自画自賛

 

ウナイ・エメリの孤独アピールだが、クラブは辛抱強く、エメリを支えていた印象を持っている。

クラブ内部の本当の動きは知らないが、これまで出てきた情報をみると、ドン・ラウルを筆頭に懸命にフォローしていたように思う。

 

当然、クラブ内部のことはわからないが、アーセナルFCが即クビを言い渡さずに延命治療を図ったことは事実だろう。(契約解除金の捻出を渋っていただけかもしれないけども。)

 

エメリを支えようと躍起になった選手だっていたはずだ。

グラニト・ジャカである。

それなのに、ジャカの乱では早々に見捨てられ、エメリはジャカのことを大して庇おうともしなかった。

ジャカが生贄になったようで不憫でならない。

 

エメリの若手育成自画自賛

❤️ PASSION | Unai Emery reacts to Joe Willock's tackle! 💪

That Unai Emery passion when Joe Willock won the ball back! 💪❤️

Arsenalさんの投稿 2019年8月13日火曜日

正直に言うと、これが1番嫌いである。

先日は、セバージョスの件を自分で讃えていた。(ウナイ・エメリ『セバージョスのローンは正解だった』

記事では、トレイラも「私が伸ばした選手リスト」に追加されていたが、おかげで今彼は移籍しそうである。(トレイラ、セリエA移籍?

 

誰もエメリに対してポジティブなことを言わないから、自分で言っているのかもしれないが、「私のおかげ感」が鬱陶しい。

別にエメリのことは嫌いではない。

せめて大人しく、チラチラとこちらを見ないでほしい。

まあ極度のかまってちゃんと思えば、可愛く見えてくるかもしれない。

 

 

ひとまず、以上!