グラハム・スタック『乱闘のこと、セスクやアルテタとの接点』

グラハム・スタック『乱闘のこと、セスクやアルテタとの接点』

さて、今日のアーセナルトピックをみなさまと共有したく存じます。

アーセナルのラジオサービス『In Lockdown』のエピソード10が配信されている。

今回のゲストは、グラハム・スタック(Graham Stack)

ちなみにスタックは、1981年9月26日生まれの38歳。

そう、ミケル・アルテタと同い年なのである。アルテタは、1982年3月26日生まれ。

 

グラハム・スタックの『In Lockdown』

出典:arsenal.com/

16歳の若造がトニー・アダムスに指示を出す

グラハム・スタックは16歳という若さで、アーセナルのファーストチームの練習に参加した。

98年のアーセナルには、リー・ディクソン、マーティン・キーオン、レイ・パーラー、キャプテンのトニー・アダムスなど、錚々たるメンバーで構成されていた。(【歴史の重み】アーセナル歴代背番号の顔となる選手たち

出典:arsenal.com/
16歳のゴールキーパーがファーストチームへ

ロンドン・コルニーのファーストチームとの最初のトレーニングセッションを覚えているよ。

父親からは、『チャンスが来たら、それを逃さずに両手で掴み取れ』と言われてきた。

だから普段通りに声を出して、下手に気負ったり、ビビらないように心掛けた。

私はまず、トニー・アダムスと一緒にミニゲーム(small-sided game)に参加した。

まだペーペーだったが、叫んで指示を出していたね。

『左だ、右だ、もっとタイトに当たれ、トニー!』

すると、トニーが振り向いて言った。

『スタッキー、俺はトニー・アダムス。このフットボールクラブのキャプテンだ。ここでは俺が指示を出す。 』

私は、『オーマイゴッド、最初のセッションでキャプテンから叱られてしまった!』と思ったよ。

でも、セッションが終わった後、トニーに引っ張られて、『おい坊主、お前のトークは好きだが、それは俺の仕事なんだ。』とフォローを入れてくれた。

『問題ないです、全然問題ないさ。』と返したよ。

若い選手が最初のセッションで、指示を出すなんて、トニーもモヤモヤしただろうね。

でも彼が私の立場だったら、性格上同じようなことをしていたと思うよ。

‘I was 16 and shouting at Tony Adams!’

ベルギー、ベフェレンへのローン

アカデミーを卒業したグラハム・スタックは、2002年にベルギーのクラブへローンで加入している。

全試合に出場したのだが、なんといってもロイヤル・アントワープ戦のファンとの対立は最も記憶に残っているシーンだ。

過激なサポーターのパンチを躱す

彼らは、過去にフーリガン関連の問題を起こしたことがあった。チームが「3-1」で勝っていたこともあって、試合中に数え切れないほどの物がピッチへ投げ込まれたよ。

スタジアムの大きな鉄製のゲートがガタガタに鳴っていた。

あのゲートを通れないと思っていたが、年配のスチュワードが一人で対応していたんだ。

だから、もしゲートを破られたら、あの人は何もできないだろうなとは思っていた。

その時はまだ試合中だったけど、振り返るとゲートが破られていた。

試合は続いていたから、ピッチを離れる気はなかった。

スチュワードが制止するよう期待していたんだけど、うまくはいかなかった。

結局、2人の男と対峙することになってしまった。

酒に酔っていたようだが、2人とも殴り合いの準備は整っていたね。

自分を守ろうと動いた時にたまたま、1人は崩れ落ち、もう1人は取り押さえられていたから事なきを得たよ。

あの騒動で知名度が爆発的に上がって、草サッカーからトップリーグ、リーグ内外のサポーターをも巻き込んで、行動は正当だと論争が巻き起こった。

私自身、今でもあの行いを支持しているよ。

どんな時でも、プレイをしているグラウンドに部外者が立ち入ることは間違っていると思うからね。

FAからは、かなりお叱りを受け、アントワープでのリターンレグはトラブル回避のため出場を見送るようにも言われた。

でも、燃え上がる展開になることは想像に難くないため、試合をとても楽しみにしていた。

結局、試合にも出て、その日は「1-0」で負けてしまったけど、知名度が上がったこともあって毎週プレイできたよ。

結果として、多くのクラブやコーチの注目を集めることができたから、私にとっては本当にポジティブな出来事だった。

あの騒動の後、アーセン(ヴェンゲル)と話し、私の健康と安全を最優先に考えてくれていることがわかって嬉しかったのを覚えている。

私の子供たちは今、あの試合を見てパパである私のことを誇らしく思ってくれているよ。

Stack – Why I stand by that punch at Beveren

2003年、デビュー戦でのPKストップ

出典:arsenal.com/

あの試合はハイベリーでの初めての試合だったから、グローブを新調したんだ。

でも、新品のグローブをすぐに使うのは良くないんだよね。

キーパーにとっては当たり前のことだ。ましてや雨で濡れている時なんて以ての外だよ。

ウォームアップのことを覚えているけど、握力が入らなくて、石鹸のようにツルツル滑っていた。

『シュートを打たれたら、キャッチ出来ずに弾くんじゃないか』と考えてしまって神経をすり減らした。

ネガティブな気持ちになったけど、序盤にシュートがきて、それをしっかりとセーブできてからは、気持ちを落ち着かせることができたよ。

パニックになりかけたけど、クロスの処理も、キックもどれもうまくできていた。

相手チーム、ロザラムのダレン・バンフィールド(Darren Byfield)にゴール許し、試合は延長戦に突入してしまったけど、心の中ではもう一試合やりたいと思っていたので丁度良いと思ったよ。

PKストップのシーン

緊張が興奮に変わった瞬間だった。

デビュー戦でPKをセーブできたら、一生忘れられないシーンになると思っていたんだ。

だから、実際にセーブできて本当に嬉しかった。

もつれ込んだPK戦では、GKの私もキッカーを務めて、その後にセーブをしたんだ。

そして最後に、シルヴァン(ヴィルトール)が沈めて「9-8」で勝利した。

まさしく、事実は小説よりも奇なりって思ったね。

When Stack saved AND scored a penalty on his debut

 

セスク・ファブレガスのアーセナルデビュー戦

出典:arsenal.com/

スタックの思い出の試合でセスク・ファブレガスがデビューを飾っている。

16歳と177日目でのデビューということで、クラブレコードとなる最年少記録が樹立した瞬間である。

 

グラハム・スタックの現在

グラハム・スタックのアーセナルキャリアは、結局は定位置確保には至らず、2006年で終わっている。

それでも2003年には、イェンス・レーマンのセカンドゴールキーパーとして、与えられた役割を全う。

無敗優勝のインヴィンシブルズ(The Invincibles)の一員となっている。

 

プロキャリアのほうは、数々のクラブを渡り歩いた後、2018年に現役を引退。

現在は、ワトフォードアカデミーのGKコーチを務めているとのことだ。

 

おわりに

いろいろ紐解くと、アルテタやファブレガスなどと繋がりがあった、グラハム・スタック。

今後の彼のコーチキャリアにも注目しておこう。

 

 

ひとまず、以上!