ファブリス・ムアンバ『ネクスト・ヴィエラ、ピッチで倒れた日のこと』

ファブリス・ムアンバ『ネクスト・ヴィエラ、ピッチで倒れた日のこと』

さて、今日のアーセナルトピックをみなさまと共有したく存じます。

アーセナルのラジオサービス『In Lockdown』のエピソード7が配信されている。

今回のゲストは、ファブリス・ムアンバ(Fabrice Muamba)

ファブリス・ムアンバの『In Lockdown』

Next Vieiraと呼ばれて

出典:arsenal.com/

アカデミーにいた時から、パトリック・ヴィエラという存在がいたのは、幸運と言えるだろうね。

パトリックはとてもフェアな人物で、それは私に対しても変わらなかった。

彼は、私にいつもアドバイスをくれた。

初めてのファーストチームトレーニング

初めてファーストチームのトレーニングに混ざった時は、まさに夢のようだった。

外を出歩くと見聞きしてきた、名の知れた人たちに囲まれるわけだからね。

その彼らと同じピッチに立って、名前を呼ばれるんだ。

僕のことをファブリスと呼ぶのをやめて、ファブと呼んでくれた。

『ワオ、遂に来た!』と思ったね(’Wow this is a life experience.’)

ヴィエラと一緒にプレイするチャンスはなかった。

でも、彼とのトレーニングは名誉なことだった。

次のパトリック・ヴィエラ(Next Patrick Vieira)になろうと自分にプレッシャーをかけたことはない。

ファブリスとして、自分で道を切り拓きたかった。

パトリック・ヴィエラのDVDでモチベーションを高めた

パトリックを模範として、プレイしてきた。

喜ばしいことに、スカラシップ生の初年度にアーセナルプレイヤーのDVDが配られた。

自分のポジションとリンクしたプレイヤーで、どのようなプレイが求められるかの材料になった。

私には、常にパトリックのDVDが配られた。

彼がピッチで何をしているのか、ボールを持っている時、ボールを持っていない時、彼がどのようにプレイしているのか。

それを見ることで、トップレベルでプレイしたいというモチベーションを高めた。

プレイのチャンスがあれば、これと似たようなこと、いやそれ以上のプレイを見せたいと思っていた

Muamba – Living with the ‘next Vieira’ tag

70分もの間、脳に酸素が送られていなかった

2012年3月、エミレーツFAカップでボルトンの選手としてトットナムと対戦中、ファブリス・ムアンバはピッチ上で倒れた。

78分間、心肺停止の状態だった。

ピッチで倒れた日のこと

あの日、最高の医療スタッフに恵まれて、本当に運が良かった。

彼らは極度の緊迫感の中、病院に到着するまで心肺蘇生法(CPR)を継続してくれた。

それが結果として、命が助かる大きな違いになった。

ピッチに倒れて、10秒後には救急車がきて、さらにその10秒後には4名のドクターが揃っていた。

全員が一丸となって協力して、良い仕事をしてくれたおかげだ。

私は、生きるチャンスを与えられた。

そして、子供たちに会えるチャンスを。

これは私にとって大きなことだ。今、6フィート下に眠っていたとしても、おかしくはない出来事だった。

それがこうして、ここにいることができている。

「今」があることに感謝

当たり前のように、朝起きて、子どもたちと遊んで…フットボールのことは忘れて、息ができる。

もし反対側の世界に居たらと思うと…。

今があることを本当に感謝している。

些細なことでも、私にとっては感謝すべきことで、今あるひとつひとつのことに日々感謝して過ごしているよ。

私と同じような境遇にあった人を知っているが、彼らは私よりももっと酷い結果になっていた。

なによりも、70分以上も脳に酸素が供給されていなかったことを忘れてはならない。

70分以上、酸素が供給されなければ、脳に深刻なダメージを与えかねないが、幸いなことに私は助かった。

10分間、心臓発作に陥った人を知っているが、その人たちは私よりも酷い状態だった。

今は多くのことを楽しめているが、それは当たり前のことだとは思っていない。

メディカルの人たちは私に尽くしてくれた。足を向けて寝られないね。

出典:arsenal.com/

‘I didn’t have oxygen to my brain for 70 minutes’

ムアンバのマインドを変えた、アンリという存在

出典:arsenal.com/

あれは、奇妙な出来事以外のなんでもない。

先のアクシデントの前に、ティエリとメールをしていたんだ。

『トットナム戦、うまくやれよ』とエールを送ってくれた。

試合では、得点の絶好のチャンスを逃してしまったことを覚えている。

それで、ハーフウェイラインまで引き返しているときに、急なめまいに襲われた。

そして…バタッと。

アメリカから会いに来たティエリ・アンリ

ティエリはその頃、ニューヨークにいたんだけど、会いに来てくれた。

挨拶をしたのは、覚えている。

でも、薬が効いて眠りに落ちたこともあって、全部は思い出せない。

彼が父に話しかけたのは覚えていて、それで20分ほど一緒にいてくれて、その後すぐに帰っていったようだった。

会いに来てくれたのは、アクシデントから3、4日後のことで、すぐに来てくれたよ。

現役続行かリタイアか

辞めようかと思ったときに、私はイベントのためにニューヨークに行くことになった。

彼に電話をして『今ニューヨークにいるんだ』と言ったら、『来なよ』と返してくれたよ。

それで彼の家に行って、腹を割って話をした。

彼は率直な意見をくれた。

彼は言った、『いいか、プレイしたとしても、コンディションについての保証はない。仮に辞めたとしても、君がここにいることに変わりはない。どちらが良いかは自分で決めるんだ。』

それが彼の意見だった。

復帰することに固執していた私に対して、わかりやすく状況を整理してくれたんだ。

そして専門医に診てもらって、決断を下した。

The role Henry played in changing Muamba’s mind

 

ファブリス・ムアンバのアーセナルキャリア

今でも、しっかりとアーセナル公式HPにファブリス・ムアンバのページが残っている。Fabrice Muamba

アーセナルでキャリアをスタートした、ファブリス・ムアンバ

アーセナルのムアンバ

2005年10月にプロ契約を結び、直後のリーグカップ、サンダーランド戦でファーストチームデビューを果たした。

アーセナルでの最後の出場は、このリーグカップの次のラウンド。

レディングを3-0で破り、アーセン・ヴェンゲル率いるアーセナルの勝利に貢献した。

バーミンガムへ移籍

ムアンバは、06/07にバーミンガムへシーズンローン。

ローンの終わりに完全移籍を果たす。

アーセン・ヴェンゲルの評価

2012年、アーセン・ヴェンゲルはファブリスについて、次のように語っている。

彼のポジションには、ビッグプレイヤーがいた。

その彼らを外してファブリスを入れるのはとても難しかった。

また彼のモチベーションが非常に高く、プレイの準備ができていたため、どこかでしっかりとプレイさせる必要があると感じていた。

選手のキャリアの中には常に、今プレイさせるか、手放すかという瞬間が訪れる。

私は彼を使わなかったが、彼にキャリアがあることはわかっていた。

ボルトン・ワンダラーズへ移籍

ミッドランド(バーミンガム)に移籍して1年後、イングランドのU21代表となったムアンバは、ボルトン・ワンダラーズに移籍。

リーグ戦100試合以上に出場し、2011年10月のリーグカップではアーセナル相手に得点を挙げた。

しかし、ムアンバのキャリアは、悲惨な展開を迎えることになる。

2012年3月17日、ホワイトハートレーンで行われた、FAカップ準々決勝。

ボルトン v トットナム・ホットスパー戦の前半に倒れた。

ムアンバはピッチ上で除細動器(AED)による治療を受け、病院に搬送された。

彼の容態は回復し、1ヶ月弱の入院期間を経て、4月16日に退院した。

24歳での引退

ムアンバは2012年8月、24歳でフットボールからの引退を発表した。

『ムアンバは愛すべき男だ。』とヴェンゲルは2012年3月のArsenal Playerで語った。

我々は若いチームだ。

彼らの多くは、ファブリスと一緒に育った。

ユースチームで一緒に戦うと、特別な絆が生まれる、強い繋がりがあるんだ。

 

おわりに

ファブリス・ムアンバは、アーセナルではリーグカップのみの出場ということで、特段強い印象を残したわけではない。

しかし、トットナム戦でのアクシデントは、記憶に残っている。

フットボーラーの心臓疾患

フットボール界もよく聞く、急死の要因にムアンバのような心臓疾患がある。

シェイク・ティオテ(Cheik Tioté)は30歳で亡くなっている。(Arsenal Reloaded 12/13 PLアーセナル v ニューカッスル

日本代表選手だと、松田直樹もそうだ。

セスク・ファブレガスがユニフォームを掲げたダニエル・ハルケ(Daniel Jarque)も。

出典:arsenal.com/

 

アーセナルのGKマヌエル・アルムニアも心疾患により、引退を余儀なくされている。(マヌエル・アルムニアとベレリンの交流

レアル・マドリードのルベン・デ・ラ・レー(Rubén De la)も25歳でプレイヤーを引退せざるを得なくなった。

 

実際に亡くなっている例もあるため、ファブリス・ムアンバの言うように、一命を取り留め、脳へのダメージもなかったことは当たり前ではない。

メディカルチェックなどをしていても、起こり得る心疾患。

本当に恐ろしい。

 

 

ひとまず、以上!