バカリ・サニャ『PLを獲れなかった理由/エドゥアルドの怪我』

バカリ・サニャ『PLを獲れなかった理由/エドゥアルドの怪我』

さて、今日のアーセナルトピックをみなさまと共有したく存じます。

アーセナルのラジオサービス『In Lockdown』のエピソード9が配信されている。

今回のゲストは、バカリ・サニャ(Bacary Sagna)

バカリ・サニャの『In Lockdown』

終わりにしたくなかった、でも別れのときだった

元フランス代表のバカリ・サニャ。

アーセナルでは、284試合に出場し、2014年のFAカップ決勝で劇的な勝利を収めたときのメンバーだ。

FAカップファイナル アーセナル v ハル・シティ

チームを去ることは理解していたから、とても感慨深い日だった。

チームとしても、2011年のリーグカップファイナルのバーミンガム戦があったから、もうこれ以上失敗をすることは許されなかった。

アーセナル最終年ということで、私がGunnersでトロフィーを獲得する、最後のチャンスだった。

だから成し遂げることができて、本当に感謝している。

今日まで私が試合のリプレイを見続けているほど、まさしくクレイジーなゲームだった。

あの試合はまさしく、己のメンタルとの戦いそのものだった。

もうあのときのように、負けて帰りたくはなかったし、敗者のイメージを人生に残したくなかった。

なんとか「2-2」まで持ってきて、流れを掴んでいた。

ファンの大きな後押しを感じていたよ。

今でも声援を送ってくれる彼らの顔のイメージを見ることができるし、すべてを鮮明に思い出すことができる。

アーセナル9年ぶりのタイトル獲得

それはもう、スペシャルな瞬間だった。自分の夢でもあったから。

でも、それと同時に悲しい気持ちもあった。

優勝したけど、最後の試合が終わってしまったのだからね。

あの瞬間を終わらせたくなかった。

余韻に浸っていたかったけど、もう、別れの時だった。

出典:arsenal.com/

‘I didn’t want it to end… but it was a goodbye’

サニャが語る、2010/11のPL失速理由

2010/11のアーセナルは、2月の時点でリーグ首位のマンチェスター・ユナイテッドに1ポイント差と迫っていた。

しかし、その後の3月と4月の試合で僅か1勝しかできず、タイトルへの望みは絶たれてしまった。

ビッグ4との戦いで露わになった、メンタリティ
出典:arsenal.com/

先を見据えず、目の前の試合にフォーカスしたことで、多くの勝利を手にしてきた。

しかし、要所要所の試合を取りこぼしてしまい、大事な局面でパフォーマンスを発揮できずに、失速してしまった。

おそらく、自分たちにプレッシャーをかけすぎていたように思える。

ほとんどの試合で、私たちは良いプレイをして勝利を掴み取ってきた。

ただトップ4との試合では、うまくはいかなかったんだ。

私たちは、どこかで自分たちを過小評価していた。

チェルシーとの試合も、イメージからしていつもと違っていた。

彼らは自分たちのイメージをよく利用して、どう見られているかを理解していた。

ナショナルチームのビッグプレイヤーも何人か揃えていた。

それもあって、私たちは自然と自分たちのことよりも、彼らのことをよく話すようになっていた。

私たちの頭の中で、彼らのイメージがどんどん大きくなっていき、必要以上に恐れていたのだと思う。

ピッチでは、いつでも彼らと同じくらいのクオリティーを出せていたし、アーセナルのやり方でプレイできれば、誰も私たちに勝てないとさえ思えた。

でも結局は自分たちを信じきれずに、過小評価していたんだと思う。

Sagna – The main reason that we fell short

セスクはあの怪我を見て、顔面蒼白になっていた

バカリ・サニャは、バーミンガム戦でエドゥアルドが足首を骨折した日のことを、他の誰よりも鮮明に覚えている。

出典:arsenal.com/

嫌な日だったし、嫌な記憶だ。

誰もがショックを受けた。

特にセスクは、あの怪我を目の当たりにして、顔面蒼白になっていたのを覚えている。

エドゥアルドは、私たちのブラザーで、チームの誰かが怪我をするということは、チームの皆が怪我を負うようなものだ。

あの負傷が、残りの試合に影響を与えたかどうかは分からない。

でも、シーズンのターニングポイントになったのは間違いない。

私たちはみんな違う、感情の表現の仕方も違ってくる。

ある者はそれを受け止めるだろうし、またある者はがむしゃらとなって物事に打ち込むだろうし、気持ちを切り替えられずに苦労する者だっている。

私たちは、ただの人間だ。

あのシーンで誰もが、ある意味で傷つき、たくさんの人が悲しみに暮れた。

でも残念ながら、あれもフットボールの一部であり、私たちもかなり深刻な怪我をする可能性が潜んでいることを認識している。

エドゥアルド・ダ・シルヴァが欠けた影響

改めて、あれはまさしく最悪な1日だった。

率直に言って、あれですべてを失った。

あれから試合に勝てなくなったのは、選手を失ったからに他ならない。

あのシーズン、彼はゴール前にいるたびにいつもゴールを決めていた。

彼はとても自信に満ち溢れていたし、私たちは団結し、共に戦っていた。

誰かを失った時、私たちはまだ若かったこともあって、対処の術を持っていなかったのだと思う。

私たちのほとんどが、あのような状況に遭遇するのは初めてのことだった。

感情と今やるべき事を切り離さなければならなかったが、先にも言ったように、私たちはただの人間なんだ。

とにかく嫌な日だった、そして嫌な記憶だ。

‘Cesc was white after seeing that injury’

 

エドゥアルドの怪我

気になる方は、「Eduardo injury arsenal」と検索すれば関連情報が出てくるはずだ。

ちなみにサニャは、前回もエドゥアルドの怪我について言及している。(【セスクに反論】バカリ・サニャ、アーセナル退団を語る

怪我の具合については、かなりショッキングなので画像や動画は、おすすめはしない。

私もあの場面を思い出したくはないので、代わりにウィキペディアの文章を引用しておく。

エドゥアルド・ダ・シルヴァの怪我

2008年2月23日に行われたバーミンガム・シティFC戦でマーティン・テイラーからタックルを受け負傷した。

患部は骨が露出するなどグロテスクな状態になりJ SPORTSはリプレイを自粛した。

治療のために試合は約8分間中断され、ピッチ上で酸素マスクを着用するなど処置が行われたのちに病院へ搬送され手術が行われた。

検査の結果、腓骨の開放骨折と左足首の脱臼による全治9ヶ月の重傷であることが明らかになり、現役続行は不可能ではないかとも指摘された。

テイラーのタックルについてアーセナルのアーセン・ヴェンゲル監督は「テイラーは2度とフットボールをする資格は無い」と厳しく非難した。

この発言は後に言い過ぎだったと撤回している。

テイラーはエドゥアルドに直接謝罪し受け入れられたとニュース・オブ・ザ・ワールドに掲載された独占インタビューで報じられたが、エドゥアルド本人はその記事が捏造であると批判し記事は撤回された。

エドゥアルド・ダ・シルヴァ_wikipedia

 

おわりに

ウィリアンとエドゥアルド

一時期はアーセナル移籍の空気が漂っていたものの、最近は話題に挙がらなくなったチェルシーのウィリアン。(【アーセナル獲得の噂】ウィリアン/チェルシー【禁断の移籍】

そんなウィリアンは、シャフタール・ドネツク在籍時、エドゥアルドとチームメイトだったようだ。

 

この投稿をInstagramで見る

 

#repost @willianborges88 ・・・ In Ukraine with my friends @_eduardofficial e @darijosrna! #TBT #shakhtardonetsk #ukraine #friends

Eduardo Alves Da Silva(@_eduardofficial)がシェアした投稿 –

アルテタとムスタフィもエヴァートンの在籍期間が被っていたし、意外なところでリンクがあるものだ。

 

この投稿をInstagramで見る

 

From playing together as players at Everton to being reunited in the Arsenal colors… 🔴⚪️ @shkodranmustafi @mikelarteta

Arsenal Inside 🇫🇷/🇬🇧(@arsenalinside_)がシェアした投稿 –

とにかく怪我は恐ろしい。

フィジカルの色が濃いプレミアリーグも良いが、やはり骨折は減ってほしいものだ。

 

ひとまず、以上!